オクスマンさんの家  第一話 | 葉的MANHATTAN☆HOUR
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オクスマンさんの家  第一話

【2014.08.04 Monday 13:58
オクスマンさんと出逢ったのは、五年前の、夏のはじめのことだった。

「眺めのいい部屋」を探していた。「上西町」と自分が呼んでいる(一般的にはアッパーウエストサイドと呼ばれる)一角でいくつかの物件を見て、漸く出逢ったアパートだった。


(マンハッタンのアップタウンといえば、セントラルパーク。上西町に住むのが好きなのは、この公園に歩いて行ける距離で暮らしたいから、でもある。)


ハドソン川からほど近い静かな一角の、表に蔦の絡んだ細長い建物。通りの両側には街路樹が枝を伸ばし、碧のアーチを作っている。ドアマンもいない小さな建物は、六階建てまではエレベーター無しが多い。けれどこの建物はにょろりと十三階まであるのでいっぱしにエレベーターがついていて、前世紀初頭に造られたと思われる鳥かごのように小さなそれにガタゴト揺られ、十階に辿り着いた。

「ここだよ」

ラルフという名のブローカーが扉を開けてくれてその部屋に入ったとき、少しびっくりした。南に開いた大きな窓、高い天井。厨房とバスルームにも小さい窓がある。同じ様な家賃でずっと小さく暗い部屋をいくつか見てきたあとで、それは拍子抜けするくらい明るく、透明さを感じる空間だった。

なのに、なぜか、妙に自分の感覚に自信が持てなくて、即決出来なかった。引越では百戦錬磨なので「今更なにを…」と自分でも驚いたのだけれど、その頃は公私共々いろいろと不安定だったので、「居を移す」事に云い知れぬ不安を抱いていたのかもしれない。

ブローカーのラルフはとてもいい奴で、時間を割いていろいろ相談にのってくれた。おかげで、その部屋に引っ越す事でどんないいことがあり、どんな未知の要素があるのか、整理して考えることが出来た。

そうだね、この部屋に住みたいです。そう告げたらラルフは銀縁の眼鏡を指で押し上げ、(君のためにもいちばんいい決断と思う)と云いたげにかすかに微笑んだ。


(この界隈には、こんな昔ながらの家々、通称「タウンハウス」もある。これはこの界隈でも特に美しい家たち。)


ラルフによれば、大家のオクスマンさんは少し「頑固者」らしかった。

「叩き上げでやってきたひとだからね。相手を信頼するようになるまで時間がかかるんだ。僕もユダヤ系だけど、ユダヤ人のおじいさんにありがちな愛すべき頑固者ってことさ。信用してもらえるまでに時間がかかるんだ。だけど、彼は借家人を追い出そうと嫌がらせをしたり、理不尽なことはしない」

そうか、じゃあ第一印象が大切だな。入居準備をする前に、手紙を書いた。

「拝啓 オクスマンさん。
このアパートに入居できて愛猫と共に嬉しく思っています、お会いする機会を楽しみにしています」

引越の手筈を進める頃、ラルフから連絡があった。

「オクスマン氏は入居する前に一度、借家人と会うのを好むんだ。敷金の支払いついでに、数分だけ面接をしてもらえるかい?」

大家の顔を一度も見ずに過ごすことも多いのがニューヨークのアパート事情なので、これは珍しい要請だった。でも、家賃をやりとりする関係だって、人間関係だもの。まして我々は、彼の持ち物である建物を住居として暮らすのだから、一度だけでいいから顔を合わせておきたい、と考えるオクスマンさんの感覚は、納得がいく。

それにしてもオクスマンさんと十数年のつきあいだというラルフが「少々頑固者でね」というひと。どんなひとなんだろう…。オクスマンさんは、わたしが借りることになるアパートから程近い建物に住んでいるらしかった。そこはドアマンつきの立派な住居だった。勿論、賃貸のアパートではなくて、コンドミニアム(日本で云うマンション)なのだろう。

「オクスマンさんに面会の約束いただいています」とドアマンに告げると、世紀末のウィーンみたいな渋めだけれど華やかな金色に彩られた廊下の端の、エレベーターに乗るように云われた。ここは専用のエレベーターマンまでいるのだ。オクスマンさんが何階に住んでいるのか知らなかったけれど、彼の名前を云っただけでエレベーターマンはうなずいて、この街ではまだ見かける、手で回すタイプのハンドルをガラガラと回し、エレベータはぐんぐん上に昇っていった。

どんなひとなんだろう? 童話に出てくるような、髭を長く伸ばしてかぎ鼻の、眼光鋭い魔法使いか、独裁者みたいな髭を蓄えたちょっと怖いおじさん。そんな想像をしながら、オクスマンさんの部屋の前に立った。
 
author : watanabe-yo
| Living | comments(4) |

この記事に関するコメント
葉ちゃん

やっぱりあなたは、希代のStory Teller なのよ。
とってもとっても面白い。で、ああ、私も書くことがあんなに好きだったじゃないって、考えこみました。

えいえいおー!

峰子
| 峰子 | 2014/08/05 1:57 AM |
オクスマンさんの家、なんだかわくわくしながら読ませていただきました。
(私も家を探す、という状況でありながら…)
葉さんのお話はツイッターも本も何冊か読ませていただきながら
そうだなぁ、、、わかる、わかる、、とツイッターをやっていない私にとってお話しをする時事問題や仕事、そしてかわいい楢葉さんのことも心のなかで頷くこともとっても多いのです。
久しぶりの葉さんのブログ、オクスマンさんの家
第二話もたのしみにしています。

私もとっても一人旅がしたくてしかたありません。
| 悠々 | 2014/08/05 5:23 PM |
峰子さん、
ありがとう〜〜
オクスマンさんのことは書きたかったんだ。だから時間があるときに大切に書こうって思ってた。
素敵な褒め言葉、嬉しいよ!



悠々さん
ありがとうございます、&お久しぶりです! あれこれ読んでいただいて、いやほんとに有り難いです。。。

一人旅はいいものですね〜。考えるだけでも楽しい。
| 葉 | 2014/08/06 2:47 PM |
Twitterのyukoです&#127925;今日はじめてこちらのblogに気付きました(゜ロ゜;ノ)ノそして1行読んだだけで、NYに行きたくて堪らなくなりました( ´△`)

実は1番最初に読ませて頂いたのは楢葉さんのお別れのお話しです(T-T)首の白い毛並みが凄くチャーミングな子ですね。きっとしあわせでしたよね&#1043212;また帰って来ますよね。
| yuko | 2015/01/02 9:17 PM |
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渡辺 葉
NY&NJ attorney
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