楢葉さんが旅立ちました。 | 葉的MANHATTAN☆HOUR
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楢葉さんが旅立ちました。

【2014.12.07 Sunday 04:40



 
猫の楢葉さんが、空へと還っていきました。今年の六月にシェルターから迎え入れ、半年に満たない時間だったけれど、彼女のいる暮らしは毎日、毎秒が倖せでした。

去年の十二月に先猫のひめひめが旅立ち、数ヶ月のあいだひめひめを失った悲しみにくれていたのですが、春頃から、また、「しっぽのあるヒト」と暮らしたいと思っていました。シェルターのホームページには年齢によって収容されている猫のリストがあって、迷う事なく「大人・シニア」の猫をみていました。自分のいまの生活では子猫の世話はできないし、できれば引き取り手の見つかりにくい、高年齢の猫を迎え入れようと決めていたのです。

三十匹ほど顔写真の並ぶページをひとめ見て「あ、この子」と思ったのが楢葉さんでした。シェルターでは、Nala(ナーラ)という名前が付けられていました。少しだけ目尻の上がった大きな目と、なにか「凛」とした気配が気になったのです。でも直接会ってみないと判らないから


夏のはじめのある夕べ、楢葉さんを迎えにいきました。

六月中旬、大事な仕事の海外出張が終わって紐育に戻るとすぐに、シェルターに行ってみました。所謂「No Kill」、つまりどんな子も殺さないのがポリシーのシェルターです。郊外のロングアイランドにあるので、普段は乗らない電車に揺られて一時間の小旅行でした。

そこで出逢った楢葉さんは、写真の美しい猫とはずいぶん様子が違っていました。ゲッソリと痩せて毛並みもぼさぼさ、みんなから背を向けてくるりと背を丸めているばかり。正直「大丈夫かな」と思ったのだけれど

「いまここにいる猫たちのなかで、いちばん家庭を見つけるのに苦労しているのはどの子ですか」

と尋ねると、それは楢葉さんだと云われました。
逢う前から「この子」と思っていたし、縁があるのかな...

なんでも、もともとはどこかの家に八年間ほど飼われていたのだけれど何らかの事情でシェルターに連れてこられて一、二年を過ごし、そのあと一度は別の、こどものいる家庭に引き取られたもののわずか二ヶ月ほどで「返された」とのこと。そして二度目にシェルターに来た頃から病気になり、ゲッソリと痩せてしまったのだとか。


「ナーラちゃん、うちに来る?」
そう話しかけてもそっぽを向くばかり。ふと見た目には暗い蔭りが宿っていました。

連れて帰らないわけにはいかない。

病気持ちというのはその時点で判っていたけれど、その後発覚した程の酷い傷を口腔内に負っていたことは、知りませんでした。(シェルターのひとが知っていたのかどうか…もし知っていたとすれば彼らはそれを伝えるべきだけれど、真相は判りません。でも結果的には楢葉さんを迎え「ない」という選択は自分にとって既にそのとき、なかったと思う。)

郊外なので誰もが車で行き来するなか、楢葉さんの入ったケージを抱えて夕闇のなか歩いて駅まで戻り、半時間ほど電車を待って、ガタゴト揺られて帰りました。楢葉さんにしてみればいったいどこへ連れて行かれるのか不安だったに違いないけど


(シェルターからうちにやってきた翌朝の楢葉さん。まだ警戒気味です。

家についたらまず彼女をバスルームに閉じ込めて。小さい空間で慣れさせるんです。怯えてあなたに噛みつくかもしれない。

シェルターの係のひとにそう云われていたし、最初に小さい空間に入れて安心させるというのは犬猫とつき合う上ではよく云われることなので、アパートのバスルームにまず入れて、でもドアをぴっちり閉めるのは何か憚られ(だって、小さいケージに閉じ込められる毎日を過ごしてきたのだから…)、一センチくらい隙間をあけてドアを閉めると。

数分もしないうちに、彼女はいとも容易にドアを開け、するりと出てくると、トコトコトコと歩きまわって、ベッドの向こう側やソファの後ろを覗いて確かめていました。怯えているというよりも、

「ここ、おうちですか? ほんとですか? ほんとですか?」

と、安心感と嬉しさを抑えきれない様子で。小さなアパートなので、探険にもそう時間はかかりません。他にはだれもいない、楢葉さんとわたしだけの「おうち」なのだと確認すると、彼女のために置いたボウルの水を時間をかけてゴクゴクと飲み、わたしの足下にきてちょこんと前足を揃え、

「ねいさん、ありがとございます」

と目で伝えてきました。


楢葉でございます。ねいさん、仁義です。

複数の家庭を転々とし(というか、転々とすることを強いられ)、シェルターにも何度も出入りしてきたせいか、最初のうちはやはり警戒心を抱いている様子でした。下手に手を出すと噛みつくことも。(もしかしたらこどものいる家庭に一時引き取られたとき、こどもが遊ぼうと思って手をだしてくるのが怖かったんじゃないかな…。そして、そこで噛みついて、怒られたりして、それがショックで二度目にシェルターに戻されたときに病気になってしまったのかな?)



だんだん慣れてきましたよ。キャハハハ!
(大笑いしてるように見えるけど、実は大あくびしているところ)



うちに来て一週間ほどしたある朝、楢葉さんのまぶたが大きく腫れていました。驚いて病院に連れていくと、どうやら前日に食べたごはんに魚が入っていたのが原因のようでした。ごく稀に、魚にアレルギー反応を示す猫がいるのだそうです。
まぶたの腫れはアレルギー反応なので「魚を食べないこと」ですぐに治るでしょう、と云われました。

問題は...
獣医のシェヘリ先生が彼女の舌を見たとき、


「これは、いったい何!?」

驚いて覗くと、楢葉さんの舌の真ん中には黒々とした、そこだけエイリアンの皮膚を思わせるような異質な、大きな孔が空いていました。

ごはんを食べるときに周囲に散らかしてしまうのが少し気になっていたのだけれど、そのわけが判りました。こんな傷を負っていたら、フレーク状のごはんがひっかかって、痛いに決まっています…。


ごはん、たべられるかな...痛くなるかな...どうでしょうか...

その時から、楢葉さんの病院通いがはじまりました。舌の病状は「好酸球性肉芽腫」かもしれないということで、毎日ステロイド剤を飲ませていました。(まぶたの腫れは、ごはんから魚を排除することでやがて治まりました。)


くまたんともすっかりなかよしですよ

でも、彼女だけの「おうち」の暮らしはほんとうに嬉しかったようで、彼女の好きな鶏とパンプキンのごはんをあげると、

「これ、おいしですね? おいしですね?」

と云いながら(ニンゲンの言葉じゃないけど、猫語でそう云ってた)、こちらが驚く程の量をぺろりと平らげてしまったことも。シェルターから迎え入れたときは骨と皮ばかりでげっそりしていた身体も猫らしい曲線を描くようになり、最初は厭がっていたお風呂にも入れさせてくれるようになりました。(シェルターから来て最初にお風呂に入れたときは、ぬるま湯が真っ黒になって驚いた)


(こわくなっちゃったとき避難するための、楢葉さんの"猫壷"。紅いお花がお洒落ですよ)

うっかりブラッシング中に後ろ足を触るとガブッと噛まれることもあったけど(たぶん反射的に反応してしまうのだと思う)、急な反応をせず静かに「それ、痛いよ」と告げてしばらく構わずにおくと、安心もし、微妙に反省もしているような顔つきをするのでした。

もともとはひとなつこくて愛嬌のある子なのでしょう、わたしが勉強しているとそっと横に来て見上げることもしばしば。脇の椅子に置いたクッションをぽんぽん、と叩くと、それが「こっちにおいで」という言葉であることをすぐに理解してぴょんと飛び乗り、満足げにしっぽの先を揺らしながらいつまでも横に座っていてくれるのでした。



(勉強の手伝いに目覚めたころ。) 
ねいさん、どんどんやりますよ!!


論文提出前に勉強していると、

「おてつだいしますですよ!!」

とテーブルにのってきて、ものすごいやる気を見せながら資料の山の上に座ってくれたこともしばしば。
(猫と暮らすひとには経験あると思います。新聞とか読んでると必ずのっかって「手伝って」くれますね)


「なーたん、ありがとう。いいこだね」
(楢葉さん、がなっぱさん、になり、なっぱたん、になり、次第になーたんになった)


と声をかけると、大きな目を細めて嬉しそうにしていました。


(勉強の手伝いにハリキリすぎた一例。

お風呂に入れて以来、バスタブと「水」の概念が直結したらしく、

「お水は、おふろでのみます」

と云いはじめたのもその頃です。


お水はおふろですよ。。

バスルームに行って何か云いたそうにしていたとき、最初は何なのか見当がつかなかったけれど、「どうしたの?」と彼女の目を覗き込んでみたら、彼女がそう思っているのが判ったのです。新鮮な水を入れた鉢を彼女の前に置くと、

「よかった! これでお水がのめます」
といったふうに明らかに安心してゴクゴク飲むのでした。


お水のたかさがだいじです。。

舌を貫通するほどの孔が空いているせいか、楢葉さんにとっては水の「高さ」もポイントでした。以前ひめひめが使っていた「ごはんテーブル」に置いた鉢がちょうどよいこともあれば、なぜかそれだとだめで、縁ぎりぎりまで水をいれたコップをすぐ目の前に差し出してあげるとやっと安心して飲むこともありました。


(脇腹の毛を歯でむしってしまうので、Tシャツを着せられてしまった楢葉さん。)

ニンゲンと猫は言語が違うから話し合えない、と思っているのは心の目にサングラスをかけてしまっているひとじゃないかな。心の耳を傾けてみると彼らの言葉は聞こえてくるものですよね…。そのときどきの事情は判らなくても、動物たちは特定の具体的な条件にこだわるヒトたちということを読んで以来、随分彼らの言葉が判るようになった気がします。(テンプル・グランディン著の『動物感覚』、原題 “Animal in Translation”がとても参考になりました)

最初のうちはソファで寝ていたのに、わたしが床に就くときにはぴょんとベッドに飛び移ってきて横に寝そべり、喉を鳴らしながら眠りにつくようにもなりました。(朝になるとソファに戻っている。こちらの寝相が悪かったかな?)


ソファでおひるね。やわらかい時間が流れていきます。。

ステロイド剤はなかなか効かなくて、舌の孔は広がるばかり。好酸球性肉芽腫ではないのかもしれない、と疑いはじめたシェヘリ先生のアドバイスで、口腔専門医の検診を受けました。生体組織検査の結果は「原因不明」。二人の専門家が分析してくれたのですが、腫瘍があるかないかで意見が二分したのです。生体組織検査の結果を携え、楢葉さんを連れて腫瘍専門の獣医さんに見てもらって、漸く出たそれらしい結論は、「はっきりとは判らない、複雑で前例の見られない症例だけれども、おそらく悪性の肉腫(sarcoma)と、なんらかの感染症が組み合わさったものだろう、ということでした。放射線治療や切除手術も考えたけれど、どうやら腫瘍の「本体」は舌の根の部分に蛸の頭のように居座っていて、舌の表面の孔は末端部に顕われたものらしい、とのこと。つまり切除や放射線はかなり広範囲で、食べるための身体の機能のいちばん大事な部分を取り去るという、大掛かりなものになる。楢葉さんの医療記録は膨大で複雑なのですが、他にも症状があるのです。シェヘリ先生と長いこと話し合い、放射線や手術は身体に負担が大きすぎる、との結論で一致しました。

秋に入るころにはだんだんごはんが食べられなくなってきました。なんとか彼女の食べられるものを、といろいろフードを変えてみたり、鶏ささみを柔らかく茹でてみたり、うんと薄く切ったしゃぶしゃぶ用の肉を霜降りにして与えてみたり。でも暦が十一月に入る頃には、ぐっと食が細くなり、最初のころにやっと曲線をおびてきた身体は日に日に痩せていきました。
一週間おきにシェヘリ先生のもとに通って抗生物質の注射を受け、家ではステロイド剤を飲み、痛み止めの注射を打ち、食べられないときには皮下点滴をし。病気の猫の世話をするのは慣れているから、わたしのところに楢葉さんが来てくれたのは巡り合わせだったな、と思います。


おくすりは、やですー

皮下点滴は最初のうち、

「こわいですー」
と逃げようとしたけれど、針を入れる前に痛み止めを打ち、ブラッシングをして話しかけながら点滴するうちに、彼女のなかで(これは気持ちよくなるものだ)という理解が芽生えたらしく、のどをごろごろ鳴らしながら点滴させてくれるようになりました。


ねこさんもたいへんです。。。すうすう。。。。

十一月の終わり、感謝祭の祝日前にはいよいよ何も食べられなくなって、その頃から安楽死の手配を考えていました。病院というのは、動物にとって「こわいところ」。だから、その時が来たら訪問対応可能な先生に自宅に来ていただこう、と。
苦しくなる前に早めに、と安楽死の手配をしたこともあったのですが、(まだ、じゃないかな)と心がざわざわして、一度目の予約はキャンセルしてしまいました。その時は夜になってから少し食欲が出て、バターをつけたパンと鶏のつぶしたのを食べてくれたから、やはりあのときはまだ「その時」ではなかったのだと思います。



(最後の数日は、ベッドスタンドと窓際ですごしました。)



けれどその僅か二日後。あまり具体的に書くとビックリしてしまう方も多いと思うけど、とうとう舌が裂けて…信じられないほどの凄絶な状態だったのです。驚いてシェヘリ先生のところへ連れていって、あれこれ話しました。手術で一部を切除してチューブ給餌、という選択も話したけれど、楢葉さんの身体はとてもデリケートだからそれに堪えられるかどうか。
ごはんが食べられない状態ならば、もう逝かせてあげたほうがいいのかもしれない。

それでも家に戻って、楢葉さんを撫でていたら、「ミュー」と云うのです。

あれ、お腹すいた、って云った?

(な、なにか楢葉さんの食べられそうなものをあげてみよう)と思って頭をめぐらせるうちふと思いつき、冷凍庫にあったアイスクリームをあげてみたら…なんと大当たり。いままで食べていた鶏のフードやパテにはもう見向きもしなくなっていたのに、

「これおいしですね? おいしですね?」

と、舌は使えないのに前歯でアイスクリームをかじって、口をはふはふしながらおかわりもしてくれました。
けれど、スプーンに一、二杯のアイスクリームでは身体を持続させることはできない。


(窓際から床に落ちてしまったことがあったので...箱と毛布を敷いて、「楢葉さんの小部屋」をつくりました。)

足腰が立たなくなってしまったのは、一昨日の夜のことです。トイレに連れて行って身体を支えてあげると、用を足すことはできる(首の動きや目の動きで、トイレにいきたくなったときを教えてくれました)。でも、もう自分の力で身体を支えることもできなかった。朝を待ってすぐに獣医さんに連絡をしました。シェヘリ先生は都合で来られなかったけれど、口腔専門のマリー先生が昼過ぎに来てくれることになりました。

獣医さんの到着を待つまでの最後の数時間、楢葉さんの横に座って見守っていました。



ダイジョブだよ。もうすぐ楽になれるから。怖くないよ。

よくがんばったね。精一杯生きたね。

もっと一緒にいたかったね。

お空に還って、少し休んで、また生まれ変われたら、こんどは他のおうちに寄り道しないで、まっすぐ戻っておいで。待っているから。

いろいろ話しかけたけど、伝わったかな…。痛み止めも多めに打っていたけど、苦しそうだった。最後は貧血もひどく、いつもはピンクの肉球が真っ白になっていたのです。

獣医さんの強力な催眠薬で眠りに落ち、続けて打った薬で、辛そうだった身体は静かに呼吸をとめ、楢葉さんは空に旅立ちました。

でも、早めに安楽死を手配しなくてよかったと思う。あの時はまだ、楢葉さんは全身で生きようとしていたから。生きようという力が、意思が彼女のなかにある限り、精一杯生きてほしかったから。

小さな鼻に皺をよせて、「えいえいー」とアイスクリームをかじる顔が浮かんできます。彼女がいなくなって寂しいけど、逢えてよかった。天国で休んだら、また戻ってきてくれるかな? そしたら、彼女が大好きだったマスカルポーネのアイスクリームを、またいっぱい一緒に食べよう。


ならちゃん、ありがとう。
 
 
author : watanabe-yo
| Living | comments(11) |

この記事に関するコメント
いってらっしゃい。
まっすぐ帰るんだよ。

葉さん、楢葉ちゃんが次第に心穏やかになる様子を写真で垣間見、幸せを分けて貰いました。ありがとう。

楢葉ちゃん、おつかれさま。いってらっしゃい。
| かつ | 2014/12/07 6:29 AM |
楢葉ちゃん、猫生の最後に、葉くんの元に来られて、きっと幸せだったと思います。

幸せだったニャ〜って思いながら、旅立てたと信じます。

楢葉ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

葉くん、よくがんばりましたね。
| みか | 2014/12/07 11:13 AM |
葉ちゃん、楢葉ちゃん、

お疲れ様でした。ゆっくりゆっくり休んでね。

葉ちゃん、そして心からありがとう。

猫族の人たちは、お話が上手だよね。
葉ちゃんが言うように、猫語がわからないっていうのはただただ単純にチューニングができていないように思うのよね。

楢葉ちゃん、いろいろな経験をしてきて、それでも最後は葉ちゃんに看取ってもらって本当によかった。

葉ちゃんは仕事と勉強を同時にしているのに、本当にがんばった。猫族のみんなも世界中から天国からお礼を言っているよ。

我が家にはいま、14歳のマートルおばあちゃんが仲間入りしました。米国に移住する友人がいて、マートルおばあちゃんの行く末が決まらないと、せっかく奇跡のように巡りあった相手との嫁入りを躊躇していたので、引き取らせてもらったの。先住のブッチ姫、ジンジャー2はとってもご機嫌斜めなのですが、ゆっくりね、仲良くしてもらおうと思っています。

昨日は、NHK見てて、黒田節を久しぶりに聞いて、自分でも歌ったらマートルさん、ものすごく嫌がって、止めろ!ってお手々で口を塞がれました。もうおかしくて、楽しくて、一日、黒田節を歌っていたんだよ!

日曜日はゆっくりできるのかな?いつでもダーバンでタラコ作って待っているからね。

観猫
| 吉村峰子 | 2014/12/07 2:36 PM |
楢葉さん、葉さんと共に過ごした時間はとってもあったかくて幸せだったと思います。

いつも葉さんのツイッターを拝読しながら今日の楢葉さん…もいつも気になっていました。
そして何よりも葉さんの楢葉さんへの優しい思いそんなふたりのあったかい会話に心が癒されていました。

きっと楢葉さんも
そしてひめひめも葉さんのそばにずっとずっと一緒にいるのだろうなぁと思っています。。
| 悠々 | 2014/12/07 3:55 PM |
あぁ…楢葉さん・・・
最後に葉さんのところにこられて良かったね・・・
お風呂場でお水を飲み始めたのも
きっと大好きな葉さんのお部屋を汚したくなかったんだね・・・
絆は長さではなく深さ・・・
今は渡辺家のお姉さん猫のひめひめに
その体をペロペロなめてもらっているのかな?
どうか、そこから
葉さんの人生を守ってあげて下さいね。
楢葉さんのご冥福をお祈りいたします。
| EIKI | 2014/12/07 9:42 PM |
生きている喜びは
真っ正面から 死と向き合うこと
だと感じます


葉さんのもとで過ごした日々は
宝物ですね
| 桜 | 2014/12/08 6:52 PM |
楢葉さんと葉さんのタペストリー
心にしみました。

猫族の宗旨ニャン別帳の末席に身を置いて
今はおふたりの日々のあれこれ
胸に迫るものを禁じ得ません。

映画のワンシーンでしたか、ジュリー・クリスティーがウォーレン・ビーティーの瞳に見たように、また虹の橋から、待ちきれずに帰って来てくれたら、また再会出来たらいいなぁと、そんな思いで、愛猫たちが飛び回る中、コメント差し上げました。


お父様の「水域」を検索しながら、偶然おじゃましました。
寒さ厳しい折、お身体御自愛下さい。
| hiro | 2014/12/15 10:01 PM |
葉さん、
6つの論文、100頁余!おつかれさまでした。きっといつものように楢葉さんもそばで見守ってくれていたと思います。
ニューヨークは寒いのかなぁ、、東京はちょぴり寒い年の瀬です。
くれぐれもお体を大切にお過ごしくださいね。

(ツイッターをしていないのでブログからでごめんなさい。)
| 悠々 | 2014/12/24 6:41 PM |
渡辺葉さん
こんにちは。
楢葉さんの記事を読んで生きる希望がわきました。
私のブログにリンクを貼ってもいいでしょうか。
| Yong | 2015/05/04 1:44 AM |
葉さん、お久しぶりです。
ブログ再開なさっていらしたの、気付かずにいました。

楢葉さん、葉さんのおうちの子になれて幸せだったと思います。

心からそう思います。
今頃の書き込みでごめんなさい。
| ねえねえ | 2016/03/07 2:30 PM |
かつさん、
みか先輩、
峰子さん、
悠々さん、
EIKIさん、
桜さん、
hiroさん、
Yongさん、
ねえねえさん、
ありがとうございます。
Yongさん、ずっとコメント欄を見るのを怠っていて、いま気づきました。。。ごめんなさい!! ぜひリンクお使いください。
| 葉 | 2016/04/04 12:16 AM |
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渡辺 葉
NY&NJ attorney
writer
translator
interpreter