オクスマンさんの家 第三話 | 葉的MANHATTAN☆HOUR
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オクスマンさんの家 第三話

【2014.12.31 Wednesday 00:42

<本編は、オクスマンさん連話の第三話です。これまでのおはなしについては、第一話第二話をご覧ください。>


トロル男のベンは、ぶきっちょだった。全体的に「もさ〜っとでかい」雰囲気が漂っているのだけれど、なかでも人づきあいに、ぶきっちょだった。

わたしはあるとき仕事で数日のあいだ街を離れなくてはならず、愛猫ひめひめの世話のため、友人に来てもらうことになった。見知らぬひとの出入りを不審に思われると困るので念のためトロル男にそのことを伝えると、ぼさぼさ眉毛の下の眼をギロリとさせて、こう云った。

「で、そのねえちゃん、いいおんなかい?」

わたしは一瞬、どう対応したものか途方に暮れ、動きを停止してしまったけれど、次の瞬間に「はあ」と息を吐いて答えた。

「そういうこと、きみは気にしなくていいの」

ベンはまばたきをして、「おや、そうか」と云った。

正直云うとこちらも一人暮らしの女性だし、相手は我々全員の部屋の鍵を持っている管理人なのだ。云うこと間違えているじゃないか。

以前にも困った発言があった。ケーブル設置で業者に来てもらったときにトロル男も「監督」するためわたしの部屋に来たのだけれど、どうやらしばらく(?)お風呂に入っていないらしく、部屋には「もわ〜」と鼻が曲がりそうなニオイが漂った。それに、出て行くときにこちらを見てにやりと笑い、「今日のランチはなにかい?」なんて云うのだ。知ったことか! 招待なんかしてないぞ。

困ったトロル男発言に思わず「オクスマンさんに告げるべきか」と思ったけれど、武士の情けでやめておいた。まったくトロル男ときたら、どう贔屓目にみても清潔じゃないし、地下のランドリーにもなんだかいろんなガラクタを積んだままだし、そのくせひとに何か云うときはやたら偉そうだったりしてヤレヤレなんだけれども、実のところわたしや友人にちょっかいを出そうなんて思っているわけではなく、フレンドリーな冗談を云っているつもりなのだ。ぶきっちょだなあ。。

そんなトロル男が、夕暮れ時や夜がとっぷり暮れた時分にアパート前の消火栓にひとり腰かけて摩天楼のあいだに浮かぶ空を見つめる姿を、時々見かけた。下手に捕まって長話になると厭なので「ハロー」と云ってそそくさと中に入るのがわたしの常だったけれど



 

そもそもトロル男はどこからきたのだろう? ホビット族のオクスマンさんと巨人トロル男。どこで知り合ったのだろう? 以前は疑い深かったというオクスマンさんが、いったいどういう経緯でトロル男を信用するようになったんだろう? 

身体の大きさはオクスマンさんの四倍くらいあったけれど、わたしにはいつも、トロル男のベンは、オクスマンさんが何かの拍子に拾ってしまい「困り者だが面倒を見る事に決めたこども」のような存在なのでは、と思えて仕方がなかった。

その年のクリスマス直前に、愛猫ひめひめが天に還った。ひめひめのいちばん可愛い写真を印刷してカードを作り、オクスマンさん夫妻に宛てて送った。オクスマンさんは猫好きで、ひめひめを病院に連れていくときにばったり出逢ったりすると目を細めて「このこはいい猫だ」と可愛がってくれたのだ。オクスマンさんに送ったカードには、ひめひめが逝去したことは書かなかった。ただ、「いつも可愛がってくださりありがとうございます。どうか暖かく安らかな年末年始をお過ごしください」と書いた。前の年にカードを送ったときにはオクスマン夫人の手書きのカードをお返しにいただいたけれど、この年には返信はなかった。冬のあいだじゅう、オクスマンさんの姿を見ることはなかった。




 

復活祭が近づくころ、珈琲豆を買いに外に出たら、痩せ細ったオクスマンさんにばったり出くわした。こけた頬に闘病生活の辛さがにじんでいた。長いこと入院していたのだ、と教えてくれた。それでも逢えたのが嬉しくて、「心配していたんですよ。早くよくなってくださいね」と云うと、オクスマンさんは少し顔をくしゃ、とさせるように笑って、「そうなるようがんばっておるのじゃ」と答えた。

その後でオクスマンさんから電話があった。大家さんから電話なんてなかなか無いから何事かと思ったら、

「保険会社のひとにアパートの部屋を見せたいんだが、きみのところに送っていいかね」と云う。オクスマンさんの頼みなら、とふたつ返事で承諾した。

数日後にスーツを着た数人の男たちが来たとき、「あ、違う」と思った。うまく云えないけど、勘で判った。わたしの直感を裏付けするように、同じようなスーツ姿の男たちがその二、三日後にもやって来た。二度目のときは予告なしで。一回だけだと思ったのに。わたしの不在中にも入ってきて部屋を見ようとしているのだろうか? 不穏な心地がして、オクスマンさんに電話をかけた。

「どうしたのじゃ」

「あの、わたしの部屋を見せるのは一回だけかと思ったのに、あのひとたちまた来たんです。予告もなしで。知らないひとたちが何度も来るのは厭です

オクスマンさんは申し訳ながって、すぐに手配する、きみはもう心配しなくていい、と云ってくれた。それでもちょっぴり不安だったので、紙に大きな字で、

『住人の許可無しにこの部屋に入ろうとするのは違法行為です』と書いてドアに貼った。(知らない人もいるかもしれないけど、米法ではたとえ大家でも管理人でも住人の許可なしに勝手に貸しアパートに入るのは違法なのだ。)

でも、本当の不安は別にあった。

(オクスマンさんはこの建物を手放そうとしている)

あれは保険会社のひとじゃない。どこかのブローカーだ。物件としてこの建物を売ろうとしているんだ。誰かに聞いたわけでも物的証拠があるわけでもなかったけれど、あれだけ身体の具合が悪いのだもの。オクスマンさん...。



 

六月、日射しがすっかり夏になるころ、アパートのおんぼろエレベーターの前に一枚の紙が貼ってあった。

「住民諸氏へ

 オクスマン氏が逝去しました。葬式は西五十八丁目のナントカ教会

汗ばむほどの陽気の中、その教会に行ってみた。米国でお葬式に出るのははじめてだ。ユダヤ式のお葬式というのはどういうものなんだろう。映画で見たユダヤ系のひとのお葬式はみんな黒を着ていたから、黒いワンピースで大丈夫だろうか。

少し遅れてしまったので、着いたころにはもうサービスがはじまっていた。小さな教会の奥に、見知らぬ若い男性の大きな写真が立てかけてある。あれが若いころのオクスマンさん? 太いセル縁の眼鏡をかけて、あれは40年代か50年代ごろの服装だろうか。参列者は知らないひとばかり、たぶん家族や身内、友人たちかな。東洋人はわたしだけだ。後ろの方の席に座った。気配を感じて振り返ると、最後列にトロル男と、わたしにオクスマンさんのアパートを紹介してくれた不動産屋のラルフが並んで座っていた。

「アパートの住人で、来たのはきみだけか」 トロル男が云った。

「みんな忙しいんだよ、きっと…」小声で返事しかけたけど、うまく言葉が出なかった。

教会といってもユダヤ教の教会ではなくて、なにかいろんな幅の広い宗教の集まりに使うような、多目的ホールみたいな感じの会場だった。司祭というよりは司会といった風情の男性が文字通り司会をしており、オクスマンさんの経歴を紹介していた。聞きながら、わたしは少しびっくりしていた。わたしにとってはただ「ホビットのような大家さん」だったけれど、こんなひとだったのか…。
 

若きオクスマン青年は音楽が大好きで、第二次世界大戦に従軍したときは楽団部隊に属し、欧州中で演奏して回ったこと。うんと昔はチューバを吹き、それからドラムに転向したこと。戦争が終わりニューヨークに戻って来たオクスマン青年はアパートを借りようとしたけれど、彼が太鼓叩きだと知った大家さんに追い出されたこと。「あんたたち音楽家はいつも練習、練習だ。うるさくてしかたない」と。

オクスマン青年は、(それなら自分で建物の持ち主になってやる。そうすれば心置きなく練習できる)と考え、懸命に働いたという。何をしたのかは説明が無かったけれど、どうやらビジネスの才覚があったらしく、やがて上西町にいくつかの建物を所有するようになった。八十二丁目のわれらがアパート以外にも、八十六丁目に建物を持っていたらしい。そこであるとき、オクスマン青年はとんでもない訴訟に巻き込まれた。

「オクスマンさんの入院中に聞いた話でね」と、お葬式の司会者が云っていた。彼はどうやらやはり司祭ではなく、本業は弁護士らしい。オクスマンさんが、自分が世を去っても妻がきちんと生きていけるようにと雇ったらしかった。彼の話してくれた"オクスマンさんの司法事件"は、入院中にオクスマンさんの枕元に通うなかで聞いたらしい。

「助手を法廷に送って、資料を探させたんですよ。オクスマン対シルバーマンの法廷劇

オクスマンさんの八十六丁目の建物は、ファサードに藤の蔓が絡まり、緑の葉に包まれていた。オクスマンさんは猫だけじゃなくて、植物や、いろんな生きとし生けるものを愛していたのだ。だからその藤も、自分で植えたものだった。

ファサードを覆うようにして茂る藤蔓がいつからか、ホシムクドリたちのすみかになった。ホシムクドリは雀と鳩の中間くらいの大きさで、黒褐色のからだはびっしり、星を思わせるキラキラの斑点に覆われている。群れるから嫌うひともいるけれど、ちょっと九官鳥を思わせるきろきろの目でたべものをさがしながらヒョコヒョコ歩くその剽軽な姿、わたしは好きだ。

けれども、オクスマンさんの建物の向かいに住むシルバーマン氏は、鳥たちの声が許せないらしかった。オクスマンさんの藤蔓のせいで鳥たちの騒音がうるさい、迷惑行為だ、弁償しろ、さもなくば藤を根元から切り倒せと、ニューヨーク州上位裁判所でオクスマンさんを訴えたのだ。

「本件は、被告オクスマン氏の建物に茂る藤蔓を突如ホシムクドリ一族が住居と認定したため、鳥の騒音被害を嘆いた原告が提訴したものである。鳥たちのもたらす被害は、当法廷も熟知するところである。なぜなら、当法廷もあるとき突如鳥たちに人気を博してしまい、入り口の階段が鳥糞に覆われることとなった

怪しい雲行きの判決、と思いきや、

「ところが、これによって明らかなのは、鳥たちが被告オクスマン氏の建物を住居と定めたのは藤蔓のせいではない、ということである。なぜならば、当法廷にはそのような見事な藤蔓はなく、むきだしの石づくり。よって、ホシムクドリたちが被告オクスマン氏の建物を偏愛している理由は被告オクスマン氏の植えた藤蔓とは無関係であるばかりか、その原因は鳥族に聞いてみなければ判らないのである」

なんて粋な裁判官! シルバーマンさんの訴えは却下、オクスマンさんは「司法上の大勝利」を収めたのだという。

その話のあと、生前のオクスマンさんが可愛がっていたという、親戚なのだろうか、大学生の青年がふたり出てきて、オーボエでショスタコーヴィッチとショパンを一曲ずつ合奏した。オクスマン夫妻にはこどもがいなかったらしい。けれどもふたりの青年とオクスマンさんはよく音楽の話をしていたのだという。

最後に別の紳士が前に出て、こう云った。

「レオン(オクスマンさんの名前)は、いまここにはいない。けれど…悲しむのはやめましょう。蝶を思い浮かべてください。われわれはこの地上を這い回り、空を見上げる。レオンは蝶になったのです。この世界から向こうの世界へ、羽ばたいていったのです。けれどふたつの世界のあいだにあるのは、ふたつの世界を分かつ壁ではない。ただ、この世界からあちらの世界へ、羽ばたくときがやってくる、誰にも...。逢えたことを感謝し、慈しみ...蝶になったレオンを憶いましょう」


昔読んだ、エリザベス・クブラー・ロスの本を思い出していた。死を目前にしたユダヤ人のこどもたちが、ナチスの収容所の壁に刻んだという蝶の絵。そういえば古代アッシリアの遺跡には、羽根を生やしたひとの絵がたくさん刻まれている。ひとはあちらの世界に逝くとき、翼をもらうのだろうか? 





 

蝶の羽根をもらって天に昇ったオクスマンさんは、ひとあし先に逝っていたひめひめに会えただろうか?

涙もろいわたしは泣いてしまったけれど、悲しいからじゃなかった。ただ、愛しさがこみあげて涙になるのだ。オクスマンさんに会えたことも、まったく知らなかったオクスマンさんのことをこうして知ることができたのも。





 

夏が熟すころ、オクスマン夫人の名前で、アパートが売れたことを知らせる通知が来た。新しい大家さんはアパート管理会社のようで、オクスマンさんのように個人の大家さんと世間話をする、なんて一幕はもう無いらしかった。賃貸契約はまだ有効だし、そのまま更新もできる。けれど、

「ベンが解雇されたのよ」

そう教えてくれたのはツルマキさんだった。アパートの廊下でばったり逢ったときのことだ。ツルマキさんはこのアパートの中でも最も古い住人のひとりだ。オクスマンさんやベンの文句を云うこともあったけれど、居なくなる、となると話は別だ。

正直なところ、ベンは行くあてがあるんだろうか、と思った。だって、ぶきっちょだけど悪い奴じゃない、とは云っても、世間的に見たら…どんな再就職の口があるだろう? 家族はいるんだろうか?(わたしの中ではどうしてもトロル男なので、どこかの岩場からひょっこり出てきたんじゃないか、と想像してしまっていたけれど)

「もう一年の四分の三は過ぎたでしょう。これからクリスマス。だから、以前からいた住人だけでも、毎年クリスマスに渡す御礼をカンパしたらどうかって思うの」

ニューヨークのアパートでは毎年冬に、一年間の御礼として、数十ドルから百ドル相当の現金かプリペイドのクレジットカードをアパートの管理人さんに渡す。ツルマキさんはそのことを云っているのだった。それから二、三日のあいだにツルマキさんは古い住人みんなと話をして、二十人分くらいからカンパを集めた。わたしも参加して、カードもつけた。ツルマキさんがみんなの分を集めて、ベンにプレゼントしてくれた。

ベンの後には、アルバニア人のジョンさんという管理人が入った。ジョンさんはベンと違って(失礼)こざっぱりしており、こまめによく働くので地下のランドリー室もゴミ捨て場もたちまち見違えるほど綺麗になった。ベンはその後も時々なにか用事を済ませに来ていたけれど、暫くして姿を見なくなった。

 

それでも八十二丁目を歩いてアパートに帰るとき、ベンがいつも座っていた消火栓を見ると思う。トロル男はここで空を見上げて、何を考えていたんだろう?

そしていまでも、ランドリー室に行くときには、あの小柄なオクスマンさんの姿が浮かぶ。赤と白のボーダーTシャツなんか着て、ちょっとはすに葉巻をくわえたお洒落なおじいちゃま。ランドリー室の奥にある作業室で古いラジオが昔のジャズなんか流しているときは、背中の羽根をたたんだオクスマンさんがそっと耳を澄ましているんじゃないかな、なんて想像する。

 

 

高度一万メートル、太平洋を越える飛行機の機内で本稿を書いている。夏からずっと書きたかったけれど、大学院の勉強に追われてなかなか書けなかった。楢葉さんと年が越せるかな、と思ったけれど、あのこは天に還ってしまったから、急いで航空券を買ってお正月の数日間、帰郷することにした。

ニューヨークから成田に向かう午後便、カナダの上空にさしかかる頃、右手の窓からオーロラが見えた。空にたなびく天子の羽衣のような光の帯。碧を帯びた白い帯が、刻一刻と姿を変えていく。窓に顔を近づけてそれを眺めながら、地上も、天でも、すべては変わりゆくのだと思った。日々の暮らしも、愛するものたちも、自分自身も、時を重ね変わっていく。地上を去るもの、地上で別れるひと、いつもそこにあるように見える山も、海岸線も、変わっていく。

「変わる」ことは悲しいことなのだろうか?

時と運命の流れのなかで、出会ったひとたち。小さい命を燃やして逝った楢葉さんや、ひめひめ。自分が高校生のとき天に還った祖母のこと。祖母は戦争で夫を亡くした。まだ若き彼女が、それから数十年の人生を生きながら、どんな思いを胸に抱いていたのか、大人になってみて改めて思いを馳せる。

流転するからこそ宇宙は生きており、死するからこそ生まれるものがある。

「変わる」ことを悲しむよりも、「変わる」ことも含めて愛せればいい。「変わる」ことのなかに、「変わらぬ」ものもあると、我々はみな、体験を通して、知っているのだから。一滴一滴の雫の連なりが河となり海となり雨となり氷河となるように、地表だけじゃない、外の天体にも「水」があって、だから宇宙のなかの水は限られた質量のようで、でもどこからどこまで限られているのか誰にも判らないように、そんなふうに、一瞬一瞬の連なりのなかにも永劫を感じられたらいい。

キャンディみたいに並んだ白とピンクと青の小さな光の粒めざして、飛行機は舞い降りる。

長いオクスマンさんのお話を読んでくださってありがとうございました。あなたがどこにいても、去りゆく年に柔らかな面持ちで「ありがと」て云えるような、そんな年越しになりますように。新しい年が、いろんなヒトやモノゴトとの出会いや冒険、愛しいものたちとの時間に、満ちていますように。

 

author : watanabe-yo
| Living | comments(14) |

この記事に関するコメント
葉ちゃん、

一気に読ませてもらいました。
葉ちゃんの紡ぐ物語は本当に愛おしい。

よいお正月を家族と迎えてね。

2015年はちょっとでも逢えるといいな、と願っています。

峰子
| 吉村峰子 | 2014/12/31 1:28 AM |
葉様

じめじめっと寒い朝を迎えて、何となく忙しく億劫な気持ちになっていました。

じんわりと心の底辺が温もるような文をありがとうございました。
おかげで新年に向けて頑張れそうです。

これからも、更新楽しみにしてます。
良いお年をお迎え下さい。
| 緑茶 | 2014/12/31 7:50 AM |
葉ちゃん、心が震えちゃったよ。まだ震えてる。
ずーーーーーーっと空色庵に来てなくて、
峰子さんに気づかせてもらってこれ読んだです。
楢葉ちゃんのことも知らなくて。
嗚呼。不覚。
今年の最後の日に読ませてもらえて、これはギフトだね。
細かいことはここに書かないけどね、ありがとう!
| まつのり | 2014/12/31 10:27 AM |
誰もが空へと還っていくとき、その瞬間も悲しいけれどその人が今まで歩いてきた道を私は心で思うことがよくあります。
そう思うとき葉さんの言われている愛しさがこみあげてきます。


オクスマンさんのお話、葉さんとオクスマンさんのあったかい会話、ニューヨークの生活の風景…そして葉さんの素敵な写真を拝見しながらやさしい気持ちになりました。

そして「変わる」ことを悲しむよりも、「変わる」ことも含めて愛せればいい…
最後に
葉さんの書かれた文章のことばのひとつひとつに胸がいっぱいになりました。


もうすぐ新しい年が始まります。
葉さんにとって素敵な1年になりますように。
おからだに気をつけて…そして日本でのお正月、のんびりとお過ごし下さいね*(^-^)*
| 悠々 | 2014/12/31 11:02 AM |
「世の全ては積分されたものだ。振り返る時、姿形の変容にばかり目が行くが、微分しなければ分かりようもない」て、高校の教師の人生訓に、その時は(ふ〜ん)で、成人しても実感はなく、年を重ねて漸くストンと得心した。寂しさを覚える「変わる」も、=「時が流れている」証(あかし)なんだよね。
| かつ | 2014/12/31 11:55 AM |
葉さま

初めまして。おさかな、マンハッタンを行くから葉さんのお話しの一読者です。最終話を読み終え、葉さんにどうしてもいまの気持ちを伝えたくなり。逢いたくてももう逢えない人。だけど自分の心の中にいてくれる人。その見えない存在に支えられ生かされている、私。変わりたい、自分。新年を迎え小さな、でも確かな灯がともりました。
葉さんの紡いでくださる言葉達に、言葉にできない温かい涙があふれてきます。
お忙しいなか、最終話を綴ってくださり本当にありがとうございました。
どうぞ、ゆっくりと骨休めしてください。


| tsumiki | 2015/01/01 1:46 AM |
「オクスマンさんの家」一話、二話をまた改めて拝読しました。
葉さんのニューヨークの日常のお話、ニューヨークと映画が好きな私はいろいろな光景を想像しながら…
やっぱり素敵な心があったかくなるお話でした。


葉さん、
日本でのお正月楽しんでいますね。
わ〜微笑ましい、みんなで映画を…どんな映画を観たのでしょう(((^_^;)
| 悠々 | 2015/01/02 9:19 PM |
葉さま〜、ようやく辿りついたらまた素敵な物語がありました!
XPから8になったらファイルを移せず行方不明になってしまった大事な大事な葉さんのブログ、
やっと戻って来れて本当に嬉しいです!!
またどうぞよろしくお願いいたします。

あの綺麗なひめちゃん、虹の橋を渡って行ったのですね。
今もきっと葉さんを見守っていることでしょう。

とてもお忙しそうな葉さん、
心身ともに気をつけてくださいね!
| ふくろう | 2015/01/05 3:24 PM |
葉さま
あけましておめでとうございます。

ずっと待ってたオクスマンさんの物語を届けてくださりありがとうございます。
ホントにもう…葉さんの紡ぎ出す言の葉は
心に沁み入りますね。
オクスマンさん、やっぱり、とても具合が悪かったんですね…
いっぱいいっぱい若い頃から無理をしていらっしゃったんでしょうね…
どこか憎めないベンも、その後どうしているのだろう。
全ては変わっていく。
変わることだけが変わらない真実。

妹が死んでしまった時、全く涙が流れなくなりました。
全ての感情が氷ついたように。
それから一年もたって、帰省した天気のいい日に
妹が溺死した河口の階段に座って、海を眺めて
「あぁ、今日はあたたかいなぁ」
と思った途端に極点の氷が溶けて洪水を起こしたように
涙がとめどなくとめどなく溢れた。
泣いて泣いて、やっと
妹はこっち側にはいないんだなということが受け入れられました。
そう、変わっていく。全て。
でも、葉さんがおっしゃるように、
その中に変わらない、かけがえのない愛しいものがある。
そして、全ての存在がその愛しいものだと…。

| EIKI | 2015/01/05 7:16 PM |
わぁ〜***
「鶏のミルク・ロースト」葉さんのレシピ早速メモメモ♪セージ&檸檬&シナモン&ミルク、どれも大好きです。まちがいなく美味しいにちがいない!

葉さんのツイッターをいつも拝読しながら
オクスマンさんや楢葉さん、日々の紐育の生活、混沌とした今の世界のお話も共感しながら拝読しています。
私もいろんな思いもあるのですが少しでも明るい光が見えて世界が平和になってほしいなと思いながら…。

今日は紐育は大雪なのですね。
葉さんも
あったかくしてどうかおからだに気をつけてくださいね〜*
| 悠々 | 2015/01/27 1:51 PM |
葉さん

こんばんは。
日々の中で、きっと心身ともにお忙しい中、
感じ、見聞きしておられる様々な営みの様子。
葉さんの目を通して伝えていただく、
私の日々とは少し違った世界。
とてもみずみずしく、また苦みも愛も含んだ、大人の味わいで、
ゆたかな気持ちを届けてくださいます。
いつか届くお便りを、いつも楽しみにしております。
お元気でおられることを祈っています。


| 楓 | 2015/02/20 7:07 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2015/05/18 7:59 PM |
渡辺葉様
久しぶりにブログのぞいてみましたら、おおお!オクスマンさんの続編が・・・そして、2015年に向けての葉さんの暖かいメッセージが・・・・心に温かくひろがりました。もう2015年も8月後半ですが、9月前半に1999年以来のNY旅行をします:) ベリーダンスクラスは現在は開講されておられないかもしれませんが(超御多忙とおもいます)、もし何かイベント等開催されるようでしたら伺ってみたいです☆ お忙しい日々と思います。くれぐれもお体ご自愛くださいませ。
| Masako | 2015/08/25 11:31 PM |
わー。
実はロー学在学中&#12316;司法試験までの期間はやはりどうしても時間が取れなくて、コメント欄の管理を怠っていました。。。(懺悔

峰子さん、
緑茶さん、
のんたん、
悠々さん、
かつさん、
tsumikiさん、
ふくろうさん、
EIKIさん、
楓さん、
Masakoさん、
どうもありがとうございます!!

(宮崎の葉子さん、コメントありがとうございます。別途、ご連絡申し上げました。長いこと気づかずにいて、ごめんなさい!!!)
| 葉 | 2016/04/04 12:05 AM |
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渡辺 葉
NY&NJ attorney
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