巴里だより その一 | 葉的MANHATTAN☆HOUR
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巴里だより その一

【2016.04.08 Friday 21:51
巴里に来ています。最後に欧州を訪れたのは、2009年に独逸に住む友だちを訪ねてベルリンからドレスデンに旅して以来です。そして、その後は休暇といえば日本に帰郷していたから、ひとりでふらっと旅に出るのはほんとうに久しぶりです。
 
まずはセーヌ河に挨拶したくて、サンジェルマン・デプレの教会前を横切って北へ歩きました。空が、広い! 建物の高さに制限が課されており、背の高い建物が少ないので、流れゆく雲の形も街の風景の一部をなしています。
 

 
巴里は、やはり息をのむほど美しい。いま自分が住んでいる街、紐育はとても住みやすくてこよなく愛しているのだけれど、紐育は摩天楼の街ですからね。「摩天楼」と書くと素敵だけれど、実際のところは鋼鉄とコンクリートの森。建物は(エンパイアステートやクライスラーなど数少ないランドマークを除いては)直線で作られています。
 
一方、巴里は、蝸牛のようにまあるい街区のなかを、街路が迷路のように曲がりくねったり斜めに交差したりして街を形づくっている。現在の巴里の原型は、19世紀末のオスマン氏の巴里市街大改革に基づいて造られたようです。一世紀かそれ以上前に遡る石造りの建物の屋根は台形に傾斜し、てっぺんには褪せた橙色の煙突たちが並ぶ。円い窓もよくみかけます。街そのものが美しすぎて、歩いていても立ち止まり、建物を見つめてしまうこともしばしば。パリのアパルトマンの屋根に傾斜が付けられているのは、通りに日光が届くようにとの配慮からなのだとか。
 
(註:建物の高さ制限については、最近新しい動きがありました。1973年に建てられたモンパルナスのタワーがあまりに周囲の外観とそぐわず評判が悪かったため、そのあと急いで作られた法律により建物の高さは37メートルまで、と決められていました。けれども2010年になって、居住用の建物は50メートル、商業用の建物は180メートルの高さまでOK、というふうに規制が緩和されたのです。結果、閑静な住宅街である15地区に現在、ホテルやレストランを含めた高層ビルが建築されているとのこと。この街の美しさが損なわれないよう祈るばかりです…。)
 
 
巴里の街並みをはじめて見たのは、ウジェーヌ・アジェという19世紀の写真家の写真を通して、でした。高校生のとき、東京都目黒区の庭園美術館で開催していたアジェの写真展を見に行ったのがきっかけです。セピア色の写真。曲線の美しい街並み。それ以来、アジェの写真が大好きになって、いまに至るまで写真集を買い集めています。(アジェばかり、十数点の写真集を持っています。)


"Cour du Dragon" par Eugene Atget.
ドラゴン小路を後ろから撮影したもの、のよう。

ある時、アジェの写真を眺めていて、「あれっ」と思った通りがありました。なんというのだろう、石畳の道の上に曲線を描いた渡り廊下みたいなものがあって。「ドラゴン小路(cour du Dragon)という通りの名前が、ずっと頭に残っていました。
 

ドラゴン小路。いまではこの渡り廊下のような部分は残っていません。


今回の旅では、この街に住む友人が小さなアパルトマンのことを教えてくれ、その部屋の持ち主にお願いして滞在させてもらうことになりました。住所はなんと「ドラゴン通り(rue du Dragon)」。アジェが巴里を撮影していた当時は、まさにオスマン氏による巴里市街大改革の真っ只中でしたから、そのあたりで「小路」が「通り」に整理されたのでしょう。ずっと頭の片隅にあった「ドラゴン通り」に滞在することになって、不思議な偶然にも少しわくわくしています。巴里の街には、そんな小さな偶然がところどころに転がっているような気もします。
 
巴里を最後に訪れたのは、離婚をして、再び独身になったお祝いに訪れたときでした。(この本にその時のエピソードを書きました。) あの時は右岸のサクレ・クール寺院や、バスチーユの辺りに滞在して、主に右岸を散策していました。今回滞在するドラゴン通りは左岸のサンジェルマン・デプレにあるので、あまりよく知らなかった左岸をゆっくり散歩して過ごそうと思います。
 
そういえば、わが父、椎名誠がはじめて出かけた「海外」は、巴里でした。椎名誠というと、アウトドアや「海岸で焚き火、釣り」のイメージが強いと思いますが、当時の彼はサラリーマンで、デパート関連の業界紙を作っていました。(そのあたりの話は、確かこちらの本に書いてあったと思います。)当時はまだ隆盛だった三越が巴里に支店を開くというので、その取材に来たのでした。父がまだ二十代のころの話です。


これは、左岸の老舗デパートそばの公園。この街に出張していた父も、こんな公園でひとやすみしたことあったかな?


ボン・マルシェという左岸の老舗デパートの店内を見て歩きながら思い出したのは、父がそのはじめての海外旅で、フランスの「フライパン」を買ってきた、ということ。こどもの頃はよくわかりませんでしたが、随分重いおみやげを買ったのだなあ。もしかしたら、その頃の日本のフライパンよりも、どっしりとした重いフランスのフライパンで美味しい料理ができるだろう、そんな思いで買ったのかもしれません。父自身、結婚する前には東京のイタリア料理店でアルバイトをしながら、深夜に出る賄いのごはんを玉ねぎのみじん切りと一緒に炒めて食べた、そんな思い出を綴っています。(確かに、厚いフライパンで料理をすると、カリッと美味しくきつね色に焼けますよね。)
 
小さい頃、日曜日には母がよくクレープを焼いてくれたのですが、あれは父が巴里で買ったフライパンを使って焼いてくれたのかな? 食べ盛りのこどもふたりが食卓で待ち構えるなか、一枚一枚時間の手間のかかるクレープを何枚も焼いてくれた母に改めて頭が下がります…。
 
話が「現在の巴里」から「昔の東京」にそれてしまいましたが、「現在の巴里」に戻りましょう。


 
ユーロが高いのであまり買い物をしないように、と自戒しているのですが、左岸にあるル・ボン・マルシェという老舗デパートは面白いから見に行ってごらん、と勧めてもらったので訪ねてみました。広めに空間をとった店の配置や、やはり巴里ならではのファッションは目のご馳走ですね! 
 
洋服は「見るだけ、見るだけ…」と唱えて美術館よろしく鑑賞しましたが、食器売り場でひとつ、買い物をしました。赤い木製の柄の、携帯ナイフです。サヴォア地方のオピネル社のもの。職人のためのナイフとして売られていたら、その切れ味と使いやすさが評判を呼び、ピカソも彫刻をするときにオピネル社のナイフを使っていたそうです。
 

オピネル社のナイフと、マスタードのセット。自分用です(笑
左から、サフラン風味、はちみつ入りカレー風味、そしてトリュフ風味。


ボン・マルシェでは、一階の食品売り場も楽しい。エスカレータを降りてすぐの調味料売り場では珍しいものがいろいろで、ここではマスタードを買いました。だって、サフラン入りや、パスティス(茴香の香りのする南仏のお酒。ブイヤベースの香りづけにも使うそう)入りのマスタード、なんて珍しいものがあるのだもの! 

その横にあったヨーグルト売り場で密かにコーフンしてしまった。フランスのヨーグルトにはなぜか昔から弱いのです。なんだろう、瓶入りで可愛いからかなあ。




あれこれ悩んだ末、キャラメル風味と、全乳のプレーンタイプを買いました。でも、黄色いミラベルというすもも入りとか、木いちごとか、美味しそうなのがいろいろあるのでまた通ってしまいそうです。


午後はゆっくり、あてもなく、左岸の街を歩きました。



ふと見つけた「傘」の看板。どんな傘を売っているんだろう...



婦人用の傘屋さんでした。ベル・エポックの香りがするわ...




車が一台、やっと通れるような狭い道。このあたりは作家や編集者など文化人も多い地域だとか。さりげなく書店もちらほら。



 
さて今日はどこを歩きましょうか。ずっと昔、はじめて巴里を訪れたときに「きほん」の観光名所には行ってみたので、今回は足の向くまま、ところどころで休みながら、ただ街を「呼吸」してみる旅にしようと思います。
 
author : watanabe-yo
| Living | comments(3) |

この記事に関するコメント
今晩は。そしてこちらでは初めてのコメントです。
そうか。。。葉様は、巴里なのですね。

モノクロ写真が素敵。あのような静かな通りをバスティーユに求めて歩く予定です。来月。バスティーユどころかポンヌフも画像でしか知らない齢50を越えてから、突然決めたパリ行。
毎日妄想しながら(笑) 行くつもりのパン屋さんと手芸品屋さん(ブランドものはこの二種にしか求めない(笑))のチェックとスケジュールに忙しいのですが、実際に行ったら、セーヌのほとりでボーッと座っているだけかもしれません。
 
一足先の巴里便り、楽しみにしていますね。葉様ならではの、巴里情報をお待ちしております。私は...着物をスーツケースに詰めて
パーティにいくために巴里...でお恥ずかしい限り。でも今日半襟新調してしまった。。。バレエ見るなら着物かなっ...てね。
ではでは、第二弾お待ち申し上げまする。


| M | 2016/04/08 11:58 PM |
葉さま。
つい先日韓国にいらっしゃったと思ったら、パリに!
素晴しいフットワークですね〜&#9835;
それにしても掲載されてる写真の美しいことといったら!
パリは街全体が美術館のようですね〜。
ちょっとしたオブジェや小物の陳列にいたるまで
歴史の深みのようなものを感じます。
パリと比べると東京はちょっと節操がないような感じ…(いや、東京も好きなんですけどね〜)
「見るだけ、見るだけ…」と唱えながら洋服を見てる葉さんの様子を想像したら、クスッとしてしまいました。
この旅も素敵なものになりますように&#9835;
| EIKI | 2016/04/13 1:40 AM |
M姫 
一足お先に巴里にいってまいりました! 巴里市内の建物はオスマン建築(オスマンさんは、19世紀末に巴里の市街をつくったひと)で、統一されていて美しく....

すばらしき巴里旅行になりますように! バレエ見るの、いいなあ。巴里の人々は紐育人よりコミュニケーション時の温度低め(よく言えばクール、悪くいうとちょっと冷たい)だけど、美には敏感なので、お着物姿はばっちりでしょう!!


EIKIさん

やはり地震の心配がない国ではこういう建築が、時を越えて残るのだな、、、と思います。(紐育の建築も、もうちょっと外観を考えてつくってほしい、、、) 巴里はナポレオン3世に任命されたオスマン男爵が、街ごとプランニングしたから、統一感があるんですよね〜。

記事中にも書いているけどユーロが高いので、少しお財布を気にしながらの旅でしたが、見るだけでもたっぷり心に栄養いただきました!
| 葉 | 2016/04/26 12:09 AM |
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渡辺 葉
NY&NJ attorney
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