「隠れた偏見」にどう対処する? | 葉的MANHATTAN☆HOUR
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「隠れた偏見」にどう対処する?

【2016.07.23 Saturday 08:37

こんにちは。北半球はどこも夏になってきましたね〜。ニューヨークは今年、かなり暑い7月でした。毎週のように友人たちと海岸に出かけているので、すっかり日焼けしてしまいましたよ!

さて、先日「職場での偏見にどう対応するか」というパネルディスカッションを聞く機会がありました。内容が興味深かったので、覚えている限りを少し書いてみたいと思います。偏見や差別には「これで全てピタッと治る」万能薬はないし、正しい対処法、という方程式もないけれど、人づきあいをよりよくする何かのヒントになりますように。

このパネルディスカッションのメイン・スピーカーは弁護士資格と社会学の博士号を持つアリン・リーブス博士。パネル・スピーカーは大手法律事務所のベテラン弁護士や大企業の主席法務担当弁護士、新進の若手弁護士などでした。

用語について

1. Black(黒人)という言葉にも一種のスティグマ(傷となる要素)があり、African American(アフリカ系アメリカ人)という表現を用いることも多くあります。ただ、近年の米国にはカリブ海諸島やアフリカ、はたまた英国やフランスなどの国籍を持つ肌が黒褐色の人もいるので、アフリカ系アメリカ人、と言ってしまうと差別の対象となっている人の全体を指すとも限らないという状況が生じることあります。古くは「Black Is Beautiful」、近年では「Black Lives Matter」というフレーズに見られるように、black(黒人)という言葉は必ずしもネガティブな意味で使われているとは限りません。よって、本稿では黒人という呼称を用います。

2. マジョリティ、マイノリティという言い方を下記で使いますが、「マジョリティ」は「過半数」であるがゆえに社会で権力や便益を持つ場合(例:米国全土としてみた場合の白人、など)もあれば、数としては必ずしも過半数でなくとも社会構造として権力や便益を持つ場合(例:僅差はあるものの男女比は大抵半々だが、社会において女性はマイノリティ扱いされている)もあります。基本的には、「社会または該当集団において権力や便益を持つ小集団」という意味で「マジョリティ」、そして「社会または該当集団において権力や便益を持たず、どちらかといえばスポットライトの外側に置かれる存在」という意味で「マイノリティ」という言葉を使っています。

下記はディスカッションの内容を思い起こして再録したものです。これが「正しい処方箋」だというのではなくて、ニューヨークである日ある時ひとびとが集まって意見交換してみた、そのリポートであり、「考えていくためのヒント」だと思っていただけると幸いです。(字数が多いので、テキパキと話を進めるために、以下「だ・である」調に変えます。)

* * * * *

「潜在的偏見」について

偏見には、顕在的なもの、つまり意図的に、そうとわかっていて持っている偏見だけでなく、潜在的なもの、つまり全くそうと意識せずに持っている偏見がある。偏見そのものは、我々みんなが持っている。

たとえば、顔が見えない相手と何度も電話で話した後、はじめてその人に直接会った時、(あれっ、こんな人だったの?)と驚くことはありませんか? あるいはソーシャルメディアでいつも「話し合って」いる相手と会ってみて、想像とちょっと、あるいは随分、違っていたということ、ありませんか? その人は会う前からずっと変わっていないのに。こちら側の脳が、「こんな話し方をするならこういう人だ」とラベルを貼って、想像上のその人(じゃないのにね、本当は)を作り上げてしまう。

あるいは、「きいろ」という文字を見て何を思い浮かべるか。「スポーツ選手」という言葉を見て何を思い浮かべるか。実際の「それ」や「その人」を見たり味わったり話したり、体験として「知る」前から「こういうものだろう」と仮定する心の動き、それは広く言えば「偏見」のひとつ。

顕在的な偏見に基づく差別(たとえば、国籍や肌の色や出自に基づいて意識的にそのひとにラベル貼りをすること)は、社会的には概ね「よくないこと」という認識がある。まだまだ世の中にはそうした偏見や差別が蔓延しているけれども。

けれども一方の潜在的偏見は、より厄介なものと言える。なぜなら、偏見を持つ側が、自分が偏見を持っていて、それに基づいて相手にラベル貼りをしたり差別している、という自覚がないから。パネルディスカッションで提示された例としては、たとえば

例1)複数の白人弁護士について行ったリサーチでは、白人の同僚をランチに誘うときには「we」という言葉を使った(「僕たち、ランチは何を食べようか?」)のに対し、非白人の同僚をランチに誘うときは「you」という言葉を使った(「君たち、ランチは何を食べたい?」) 彼らは、相手の肌の色によって「仲間」と「仲間じゃない同僚」を分けていることをまったく意識しておらず、結果を知らされ、驚いていた。

例2)全く同一の論文を100人のベテラン弁護士に評価してもらった。うち50人には「これはジョー・スミスという白人の学生が書いたものです」と紹介し、残りの50人には「これはジョー・スミスという黒人の学生が書いたものです」と紹介した。白人学生の論文と思って読んだベテラン弁護士たちの評価は「素晴らしい」というもの。黒人学生の論文と思って読んだベテラン弁護士たちの評価は「まだまだ力が足りない」というもの。論文そのものは同じなのに、書いた人間の肌の色に基づく潜在的偏見があることが裏付けられた。

例3)ある女性弁護士は、初めて就職した職場で唯一のラテン系女性弁護士だった。白人男性のベテラン弁護士とエレベーターで一緒になった時、「君は誰の秘書なのか」と聞かれた。「いえ、私は新しく入った弁護士で、名前は…」と自己紹介したが、その後何度も、同じ弁護士とエレベーターで一緒になるたびに、やはり「君は誰の秘書なのか」と聞かれ続けた。

例4)非白人の場合、たとえ完璧な米英語を喋っていても「あなたはどこの出身なの?」と聞かれる率が高い。これはムスリムのスカーフをかぶった女性の話だが、「ニューヨークです」と答えても、「もともとの出身は?」と聞かれる。(生粋のニューヨーカーでムスリム、ということもあり得るのに)

潜在的偏見の厄介なところは、その偏見の対象となる者には「ああ、偏見を受けているな」とわかるのに、偏見を持っている側にはまったくその自覚がないこと。経験ありませんか? 「あの子は〜の割には…だよね」という言い方。自分もうっかり、そんな言い方、していませんか? 

そして、潜在的偏見には困った「補強効果」の傾向がある。自分の抱いていた潜在的偏見が「ハズレ」だったと判った時、人は一瞬驚く。でも自分のもっていた偏見がハズレだった場合、それを忘れてしまうことが多い。けれども、潜在的偏見にたまたま合致する例に出会うと「やっぱりそうなんだ」と思い、その潜在的偏見が補強されてしまう。

潜在的偏見による一般化(例:「〜人はこうだ」という思い込みなど)を変えていくには、それが「偏見」であるということに、偏見を持つ側が自分自身の言葉や印象的なやりとりなどを通じて気づいていけるよう、粘り強く対応していくしかない。

頭に来たり傷ついた時は、まず、depersonalize(脱個人攻撃化)すること

ある黒人女性弁護士は、インターンをしていた時、刑事事件担当チームに入った。チームのリーダーは白人男性で、他のチームのメンバーもみんな白人。証拠となる被告のテキストメッセージをみんなで読んでいた時に、黒人を差別する言葉が書いてあり、リーダーはそれを繰り返し声に出して読み上げた。(解説:米国史、特に差別の歴史を知らないとピンとこないかもしれないけれど、これは黒人にとっては非常にショッキングな言葉で、深く傷ついてしまう。黒人同士の俗語でわざとこの言葉を使うこともあるけれど、非黒人が使うべきではない。)

彼女は独りだけみんなから指差されたように感じ、驚き、深い悲しみと傷を負った。数日間悩み、非白人の助言者に相談した後、チームリーダーに話をしに行った。「もちろんそんな意図はお持ちでなかったと思うのですが、あの時こんな言葉を使われましたね…」と。リーダーはハッと気づき、謝ってくれた。

法律事務所も企業と同じ、ピラミッド型の構造はある。「正論」をまっすぐぶつけることで、自分の立場そのものが危うくなることもしばしばある。相手が隠れた偏見に気づいていない時はリスクも大きい。(顕在的な偏見である場合は、また別の問題、大きな問題となるけれど。)

自分が偏見を受けがちなマイノリティ・グループ(非白人、女性、LGBTQなど)の場合、あたかも「個人攻撃」されたかのような衝撃を受けてしまい、自分が仲間はずれにされているように感じ、深く傷つくこともある。感情が昂ぶっている時にそれをぶつけると、少なくとも職場という環境では、たいていポジティブな結果にはならない。感情が鎮まるのを待って、冷静で客観的な対応をした方が良い。(これはケースにもよるし、状況によっては「戦いの相手を選ぶ」ことも必要。)

理想的な世界ではそんな偏見など無くなるべきだけれど、我々はまだトレイル・ブレイザー、「道を切り開く者」たち。本来は、偏見を持つ側が是正するべきことだが、何しろ相手には自分が偏見を持っているという自覚さえないので、その場の状況としては不公平だが、我々が頑張らねばならない。

潜在的偏見を持つ言葉や振る舞いに対応するときは、「何のために」するのかも考えるべき。自分の気持ちがスッとするから、というだけの理由なら、少なくとも職場においてはむしろ何も言わない方が自分のためだろう。けれども、「同じようなことが二度と起こらないように」、相手が気づいていない偏見への気づきを与え、再発を防止するためなら、対応していくべき。

またある弁護士は、駆け出しの頃、自分の属する法律事務所と相手の法律事務所との白熱した議論の最中に、相手のベテラン弁護士から靴を投げつけられた体験を語った。相手の弁護士は「このボーイ、ちゃんと文章も書けないのか!」と怒鳴ったという。人は、あまりにもひどい状況に直面すると、恐怖や困惑に凍りついてしまうことがある。彼の上司もあまりのことに凍りついてしまい、彼自身が対応せざるをえなかった。本来なら相手に掴みかかりたい気持ちに駆られたが、深呼吸をし、冷静さを保って、交渉を続けた。後から上司に「なんといっていいかわからなかった。守れなくて申し訳なかった。この交渉は、君の方が向いているようだ。今度から、こうした交渉は君に任せる」と、昇進につながる任務を引き受けるきっかけになった。

緊張状態をどう和らげる(Diffuseする)か?

潜在的偏見に直面した場合、こちら(偏見を受ける側)にはグサッ、ピリッ、と来るのに、相手は全く無邪気で、そうした言動に気づいていないことがある。相手がクライアントだったり上司だったり、あるいはチーム全員がマジョリティで、自分だけがマイノリティに属する場合などは、ユーモアや「質問」の形でやんわりと相手に気づかせることが自分のためにもなる。(正論で戦うのは、とてもエネルギーのいることだから、より効果的に「道を切り開いて」いくためにも、自分に負担の少ない戦い方を身につけたほうがいい。)

例えばユーモアを交えて応えること。

ある黒人女性弁護士は、「これ本当によくあることなんだけど」と前置きして言った。例えばその場にいる黒人が自分一人だけの場合、「黒人の人はどう考えるの?」とか、その場にいる女性が自分一人だけの場合、「女性はどう思うの?」と、所定のマイノリティ・グループの「代表」にされてしまうことがある。聞いてくる相手は公平さや多様性を反映させようとしているのかもしれないが、裏にあるのは「黒人はみんな同様に考える」「女性はみんな同様に感じる」という潜在的偏見。

彼女は、「そうね、わたし個人の意見を聞きたいならお答えできるけれど、わたしは黒人(あるいは女性)代表じゃないから…それにかなりユニークな存在だしね」と返す、と言っていた。

あるいは、質問の形で応えること。

例1)一週間のうちに二人の黒人男性が警官に射殺され、同じ週には別の黒人男性が警官数名を射殺するという事件が起きた後のこと。別の弁護士は、ある朝出社した時、建物の前でBlack Lives Matterの抗議行動が行われているのを見た。彼女と一緒にエレベーターに乗ったのは二人の白人男性。一人がその抗議行動のことを話題にすると、もう一人が「まったくいい気なもんだよな」と言った。相手の名前も部署も知らないし、エレベーターはもうすぐ自分の階に着いてしまう。何か言おうか? 何が言えるか? 彼女がやっと取れた行動は、(なんてことを)という意味を込めて首を横に振り、エレエーターを降りることだった。

こんな時どうしたらいいんでしょう? という問いに、パネリストの一人はこう答えていた。

「どういう意味ですか?」と聞いたらどうかしら。

質問の形にすることで、(1)もしかしたら誤解かもしれないから、質問として投げることで自分が「仮定」するリスクを防げる。(2)質問された相手が、自分の言葉を振り返るきっかけを作れる。

相手の反応は、最悪な反応の場合、攻撃的かもしれない。でも「え、別に意味なんてないですよ」というふうな、曖昧にそらす言葉が返ってくる可能性もあるだろう。いずれにせよ、質問をすることで、相手やそこに居合わせた他の人たち、もしかしたら(おそらくは)自分の持っている潜在的偏見に気づいていない人たちに、ハッと気づかせるきっかけになる。

例2)微妙な反応の場合はどうしたらいいのでしょう?という質問もあった。例えば相手が、自分の報告した内容に対して、言葉にしないまでも嘲笑するような表情を浮かべたり、眉間にしわを寄せたりする場合。

これに対しては、「このことについて、どう思いますか? あなたの意見が聞きたいんです」など、相手が「言語化」する機会を促す、という提案があった。あるいは、曖昧なpassive aggressive(受動的な攻撃性を持つ)反応が返ってきた場合は、「どういう意味ですか?」と聞く、など。中立的な聴き方をすることで、むしろ相手にスポットライトを当て、対立を防ぎながらも相手にソフトに信号を送ることができる。

例えば「いや別になんでもないよ(Oh, never mind)」と言われたら、「わかりました、なんでもないんですね(I’m happy not to mind it, then))と繰り返すことで、そのやりとりが相手の頭に残るようにする。

世界は完璧ではない

「何のために自分はそこにいるのか」を考えることが重要。職場は社会そのものと同様、いろんな人がいる。職場の全員と仲良くなることはないかもしれない。毒を含むようなネガティブな状況なら話は別だが(別の職場を探したほうがいい)、あくまでクールな付き合いだけ、という相手もいるだろう。仕事をするため、あるいはキャリアを積むためにいるのなら、ある程度割り切って進んでいくことも大切。

* * * * *

以上、覚えている限りでのリポートです。

「これですべて解決!」という万能薬はないけれど、例えば潜在的偏見の一方向性(偏見を受ける側は感じるのに、偏見を持っているそもそもの原因である側は自覚がない)を認識することや、「質問」を使って返すことで相手に相手自身の言動を気づかせるという方法は、自分にとっては新鮮な情報でした。

多くの人は、あるカテゴリーにおいてはマジョリティだけれど、別のカテゴリーにおいてはマイノリティ、という場合が多いと思います。(例:日本社会においては、日本国籍を持つ女性は国籍上はマジョリティだが性別に基づく社会的「階級」はマイノリティに置かれている。一方、例えば在日韓国・朝鮮人の男性は国籍上はマイノリティだが性別に基づく社会的「階級」はマジョリティ。日本国籍を持つ男性だが自認性別が男性でなかったり、恋愛感情を抱く相手が女性でない人はLGBTQとしてマイノリティ、etc…) 

自分の中の「マイノリティ」性については、自分が偏見や差別の対象となることも多いために敏感になりがちだけれど、自分が「マジョリティ」である部分において、マイノリティである誰かを、自分の潜在的偏見によって傷つけることもあるかも、とも思いました。人間関係に「臆病」になる必要はないけれど、いろんな角度でものを見ようとすること、お互いに気づきを促進できるような会話力、対応力を身につけること、意識していきたいですね!

 

author : watanabe-yo
| ことばの力、法の力 | comments(3) |

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渡辺 葉
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